ありふれた過去

今日も一日が終わった。あっちやこっち…信頼置けない人物ばかりに

ありったけの神経をすり減らし偽りの言葉で「わかりました…」と

 

腹とは別の自分で対応する。これでいいのか?自問自答の日々の繰り返し。

ここまでして自分を殺さないといけないのか…

 

自分で自分の性格ぐらいわかってるつもり。

これ以上我慢をすると自分がどうなるのか…

逃げ道としてとんでもない事をしてしまいそうで、時折自分が怖くなる。

 

人を殺めたりというのはまず無いがどちらかと言えば

他人に何かする訳ではなく、現実逃避をしてしまう癖がある。

通院先の薬を増やして飲む、あるいは眠剤を増やして

無理やりでも寝倒す。それが今は自分の逃げ道…なのかも。

若い頃は自分も「薬物」に逃げていた事もあるが、快楽に陥るのは

ほんのひとときだけ。後の怠さもわかっている。

 

昔はそう言った自分も依存症だったかもしれない。

意思が弱かった自分はどれだけ大事な人の言葉さえも当時は受け入れることが

出来なった。何かのきっかけがないと、もしかしたら今でも依存症の自分が

いたかもしれない。だけど、当時の自分は尾崎豊の詩のように

 

いつになれば這い上がれるだろう…と

幾度ももがき続けて、あるきっかけのお陰で断ち切ることが出来た。

それ以後かれこれ30年近く自分の意思を保ちつずけている。

 

要は自分の意思…自分と戦うしか無いのだ。

だから、自分はaskaの気持ちも解らなくもない…が、今回はaska

前回で金銭では買えない大切なものを失ったけれども

それが如何に大切な物だったか…それは彼にしか解らないけど

だからこそ、1度は裏切ってしまったものを必死で取り戻そうと

次の楽曲に向けて償う気持ちや前進する気持ち伝えようと

詩に託したのだろうと思う。だからこそ未発表ではあるが

素敵なBe freeが生まれたのだと思っている。

それが痛いくらいに心にグッサッとささった。だからこそaskaを信じたい!

いや、信じてる!に変わり1日も早く身の潔白が晴れるようにと

心底から願っている。早く帰ってきて…

今日もaskaの歌声と共に…